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From 柴山桂太2014.04.03(THU)

4月に入り、新学期になりました。そこで今回は読書の話題を。

 

というのも、クリミア半島がロシアに編入されたというニュースを見て、昔読んだ一冊の本を思い出したからです。

 

マイケル・イグナティエフ『民族はなぜ殺し合うのか』(幸田敦子訳、河出書房新社、1996年)

 

この本の原題は「血と帰属 blood and belonging」。冷戦後の各地で燃え上がるナショナリズムの現状を知るべく、民族紛争で揺れるユーゴスラビアや、分離独立に燃え上がるケベック北アイルランドを著者が旅し、取材し、思索した記録です。原書は1993年ですが、今読んでも古びたところはありません。何より文章が素晴らしい。

 

イグナティエフは、著名な政治哲学者でありジャーナリストで、2005年にはカナダの下院議員になり、2011年までカナダ自由党の党首も務めていたという異色の経歴の持ち主です。曾祖父と祖父が帝政ロシアの政治家(祖父はロシア革命で亡命)で、父親がカナダの外交官と、華々しい家系の生まれでもあります。

 

こうした出自もあって、著者は自らをコスモポリタン世界市民主義者)と任じています。ロシア生まれの父にイングランド生まれの母を持ち、アメリカで教育を受けてカナダや英国で仕事をしてきた人間がナショナリストにはなれない、「コスモポリタンを名乗れる者があるとすれば、それはこのわたしだ」と序文に書いているほどです。

 

なので著者は、最初から最後まで、ナショナリズムに燃え上がる人々を、とても醒めた目で取材しています。特に民族浄化に明け暮れるユーゴスラビアの取材では、ナショナリズムと暴力がなまなましく結びついている現状に、激しい怒りを覚えています。ナショナリストが盛んに語る民族の美しい歴史は、ほとんどが最近になって捏造されたものだ、という糾弾も随所で見られます。

 

ところが、本が進むにつれて、文章のトーンが変わっていくのが、本書の面白いところです。ナショナリズムの根本には、人間の普遍的な感情としか言いようのない複雑な何かがある、と認めざるを得ないシーンに何度も遭遇していくからです。

 

本書は、6つの旅の記録ですが、著者の考察がもっとも光っているのがウクライナについて書かれた箇所(第三章)です。キエフウクライナの首都だがロシア正教発祥地であることや、ウクライナナショナリズムが決して一枚岩ではないことなど、今話題になっているウクライナの複雑な民族事情は、本書を読むとよく分かります。

 

ウクライナは、著者イグナティエフの曾祖父や祖父の生まれ故郷でした。一族がかつて住んでいた屋敷を訪ねたり、曾祖父の墓のある教会を訪れる場面は、なかなか読ませます。自分のルーツを知ることで、ナショナリズムの核にある「何か」に触れる瞬間が描かれているからです。

 

時代から取り残された屋敷を取り巻く風景の中に、子どもの頃に見た家族写真の光景が重なり、誰も守る者が居なくなった曾祖父の墓が汚されているのを見て、醒めたコスモポリタンであるの著者の心が、何とも表現しがたい感情に揺さぶられる。そして次のように記します。

 

「いま振り返って気づいたことだが、地下納骨堂で過ごした時間が、私に変化をもたらした。わたしのなかに、国家建設希求への敬意の念がいつの間にか芽生えていた。土地や墓がなぜ大切か、それらを守る「国」がなぜ大事かを、わたしはあのとき理解した。」

 

その後、すぐ冷静になって、ウクライナ人が現実の厳しい経済事情を忘れるかのように熱心に教会に通う姿を醒めた目で眺めたりするのですが、クリミア半島タタール人集落を訪れて、ふたたび心が揺さぶられます。

 

タタール人はクリミア半島最古の住民でした。クリミア半島の帰属をめぐって、今もウクライナとロシアが対立していますが、もともとはタタール人の土地だったのです。ところがタタール人は、一九四二年にスターリンによって中央アジアに強制移住させられてしまいました。その後、ソ連の解体でクリミアに戻ってくるのですが、もはやタタール語を話せる人も少なく、誰もが流暢なロシア語を話ながら、民族の悲哀を盛んに著者に訴えかけます。

 

自らも亡命者の末裔である著者は、タタール人の長老に質問をします。「私も亡命するしかなかった者の子どもです。でもべつの土地で新しい人生を築いてきた。あなたがたはなぜ、中央アジアでの生活を受け入れなかったのですか。」すると長老は次のように答えます。

 

「母を持たぬ者だけが、母とはなにかを知っている。国を持たぬ者だけが、国とはなにかを知っている。」

 

そして次のような印象的な場面が続きます。

 

「わしらにとって、ここは聖なる土地なんだ。わしのじいさんもおやじもここで生まれてここで死んだ。子供らが戻るようにこのわしがけしかけにゃ、いったい誰がしてくれた? 国も文化も失うことになったろう。わしらの遺産、わしらの文化を、一個一個煉瓦を積んでいくみたいに継ぎ合わせていかにゃあならん。いいかね、そうしなければ、なにもかも滅びてしまう運命なんだ。」

 

著者は沈黙して、視線を外します。皆が黙って泣き出す。あたりには地肌剥き出しの痩せこけた土地が拡がり、子どもと猫が無邪気に走り回っている。作物もろくに育たない不毛な場所。すると隣にいた老婦がおもむろに口を開きます。

 

「あたしは63になるんだけど、こんなあたしが何だって家も仕事もみんな捨てて、なんにもないここへ戻ったと思う? 一から出直したと思う? 故郷で、自分の国で、仲間と暮らしたかったから。そうして子ども達に、あたしが味わえなかったものを、自分の土地で暮らすってことを、本当のわが家ってものを、味わわせてやりたかったから、ただもうその一心なんだ。」

 

ここで語られた老人たちの思いを、何と表現すべきなのでしょう。故郷に帰るということが、故郷が現にあるということが、人間が生きていく上で決定的となる場面がある。それは国を持たない(持つことができない)人々だけでなく、国があるのが当たり前となっているわれわれの人生にとっても、確かにあるのです。

 

本書には、そういう印象的な場面がいくつも出てきます。ナショナリズムを擁護する本ではありませんが、かといって全面的に否定する本でもない。この微妙な一線を、具体的な旅の経験や自己省察を通じて明らかにしよう、という本です。理論的には「?」と思う部分も目立つ(特に諸々のナショナリズム研究を知ってしまった後では)のですが、それでも確実に何か大事なことに触れているという印象を、読者に残すはずです。

 

私がこの本を読んだのは大学生の頃でした。ナショナリズムを「民族的ナショナリズム」と「市民ナショナリズム」に分けて、前者はダメだが後者はいい、とする著者の理論的な考察には得心がいきませんでしたが、所々に垣間見える印象的な言葉はずっと心に残り続けました。特に「母を持たぬ者だけが…」というクリミア人の言葉は、ナショナリズムの問題を考えるとき、いつも脳裏に甦ります。

 

新学期になり、新しく何か本を読んでみたいと感じている学生諸氏の参考になればと思って、紹介した次第です。